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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)10171号 判決 1972年10月30日

原告

泰和工業株式会社

右代表者

中垣静男

右訴訟代理人

安藤純次

被告

難波商事株式会

社右代表者

遠藤正栄

右訴訟代理人

西垣立也

右同

八代紀彦

主文

当裁判所が昭和四七年手(ワ)第八六号約束手形金請求事件につき同四七年七月一七日言渡した手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立、事実上の主張、証拠はすべて本件手形判決記載のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一、当事者間に争いのない事実

原告主張の請求原因事実、被告主張の抗弁事実、原告主張の再抗弁事実については当事者間に争いがない。

すなわち、原告が金額七〇八、〇〇〇円の本件約束手形一通を所持すること、被告が右手形を振出したこと、右手形は満期に支払場所で支払のため呈示されたが支払拒絶されたので、原告はこれより先拒絶証書作成義務を免除して大阪商業信用組合に裏書譲渡していた右手形を昭和四四年一一月二五日右信用組合に手形金を支払つて右手形を受戻したことの各請求原因事実、これに対し、被告は原告に対し次の二つの反対債権を有し、それぞれ本訴債権と対等額につき相殺の意思表示をしたとの抗弁事実(1)手形判決添付の別紙第一約束手形目録記載の原告振出の約束手形七通、金額合計七五七、九〇〇円の約束手形金債権。昭和四六年一二月一七日到達の書面をもつて相殺の意思表示。(2)(仮定的主張)同別紙第二約束手形目録記載の原告振出の約束手形一三通、金額合計七二二、六〇〇円の約束手形金債権。昭和四七年二月二八日の本件口頭弁論期日において相殺の意思表示。そして、原告は破産宣告を受け、大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第二六四号破産事件において昭和四六年一〇月五日強制和議認可決定が確定し、同決定には和議条件の一として「破産債権者は破産債権の八割を免除する」ことが定められているとの再抗弁事実についてはいずれも当事者間に争いがないのである。

二、和議認可決定確定後の相殺

本件の争点は和議認可決定確定後の相殺が和議条件に拘束されその条件内でのみなされ得るか、或いは和議条件に拘らず債権全額をもつて相殺し得るかの法律上の判断にある。そこで次にこの点につき検討を加えていく。

破産法九八条は、破産債権者が破産宣告当時破産者に対し債務を負担するときは「破産手続ニ依ラスシテ相殺ヲ為スコトヲ得」と規定し、同法九五条の別除権の行使と同旨の規定をおいているが、他方、同法三二六条は強制和議は「破産債権者ノ全員ノ為且其ノ全員ニ対シテ効力ヲ有ス」る旨規定し、何ら破産債権者に限定を附していないうえに、相殺については、一般先取特権その他の一般優先権者の如く強制和議に関し破産債権者から除外する旨の同法二九三条に匹敵する規定が存しない。そこで、この問題の判定は、破産法九八条、九五条に力点をおくか、同法三二六条に重点をおくかによつて自らその結論を左右することになるがこの点につき同法三二六条に依拠し、かつ、和議条件の崩壊防止を理由に、和議条件の範囲内でのみ相殺し得る旨の判例がある(大判昭一〇・一・一六民集一四巻二一頁)。しかしながら、和議条件の確保は、右の相殺制限のみでは目的を達しないし、また破産法九八条が相殺権を「破産手続ニ依ラスシテ」行使し得る旨規定する趣旨は、一般破産債権者に対し優先権を有する別除権と同一の目的ないしそれ以上に強い理由をもつてその優越性を保護しようとするところにあるから、強制和議においても別除権者ないしこれより低位の優先権者である一般先取権者をも保護する同法二九三条を類推適用し、特段の事情のない限り、強制和議認可決定後もその和議条件と無関係に債権額全額につき相殺をなし得るものと考える。すなわち、一体、相殺権は単に当事者間の請求履行の省略という便宜、公平を図るばかりではなく、相殺による決済を信頼して交互に相手方に債権を保有し合うという相殺の担保的機能をも有し、むしろこれを重視しなければならないのであつて、一種の債権質類似の作用を営んでいる側面を見逃すことはできない。しかも、相殺は単なる担保権や優先権と異り、公の競売手続や強制執行手続をも省略し私人の相殺の意思表示のみで一挙に債権債務関係を精算消滅させる点で対等額の限度内で一種の私的執行ないし自力救済を認めたものともいえる点において一層強力な執行的機能をも併せ持つものである。したがつて、相殺権は、破産法二九三条の「一般ノ優先権」を類推解釈してこれに含まれるものと考えるべきであるから、相殺権者は破産宣告当時反対債権を有する限り、同条に従い原則として「破産債権者ト看做」されず同法三二六条の適用を受けないのであつて、強制和議の条件と無関係に債権全額につき相殺が許されるものといわねばならない。

けだし、このように解しなければ著しく公平を失し、相殺権者に不測の損害を与える不合理な結果を生ずるからである。したがつて、当裁判所は前記判例の見解を採らないこととする。

もつとも、相殺権者が強制和議を確知しながら敢えて相殺をなさず、破産債権者として強制和議手続に参加し、その和議条件に基づく支払を受けるなどの事情により相殺権を放棄したものと認められるような特段の事情がある場合には、和議条件に拘束され、その範囲内においてのみ相殺できるにすぎなくなると考える。

三、以上のとおりであるから、右の特段の事情の主張、立証のない本件については、被告が破産者たる原告に対し破産宣告当時有していた前記相殺の抗弁(1)の約束手形金債権七五七、九〇〇円をもつて、原告の被告に対する本訴約束手形金七〇八、〇〇〇円とこれに対する昭和四四年一一月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員はいずれも相殺によつてその対等額により相殺適状の時点に遡つて消滅したことは明らかである。

したがつて、原告の被告に対する本件約束手形金および受戻日以後の手形法所定の利息金の支払を求める本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、その理由がないことは明らかであるから、これを棄却する判決をなすべきところ、本件手形判決はこれと符合するので民事訴訟法四五七条一項に従いこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき同法四五八条二項、八九条を適用して主文のとおり判決する。 (吉川義春)

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